大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)6450号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
[判決理由]被告が昭和三九年七月頃本件家屋の一階および二階の各一部について修理、改造工事をしたこと、二階六畳の杉板天井全部をボール板となし、土壁をデコラ張とし、畳敷を総板張としたこと、原告が同年七月一日被告に対し、内容証明郵便を以て、一週間以内に工事を中止して原状に復することを求め、合せて右期間内に履行しないときは賃貸借契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をなし、右郵便は同月一日被告に到達したこと、以上の事実も当事者間に争がない。
そこでまず、被告がいかなる程度の工事を行なつたかについて検討するに、<証拠>を綜合すると、次のとおり認めることができる。本件家屋は南向六戸一棟の建物の東端の一戸であつて、南側および東側は道路に面し、階下は玄関板敷の間を含めて三間、二階は二間で、南北に細長い長屋式構造となつており、台所は南側の玄関脇に、浴室や便所は建物北側(裏側)に所在する。従前は奥の八畳に幅三尺の廊下があり、この廊下を通つて北東隅の浴室や北西隅の便所へ行くようになつていた。ところで右浴室はいわゆる五右衛門風呂であつたが、これを取こわし、略同一の場所に面積を広げてガス風呂を新設し、外郭はブロック造りとし、内部は総タイル張としたほか、奥八畳の東側外壁に接着させて幅約二、七尺、長さ約六、三尺の物置を増築しその外側を風呂場外郭に続けてブロツク造りとなし、浴室前の板間から物の出し入れができるようにした。便所は所在位置、柱等を動かさずベニヤ板を以て壁や天井を張り、また従前の廊下を取り除き、幅九尺程度の板の間とし、壁面にプリント合板を張り、実質上六畳程度のホールとして使用できる様にし、その屋根(浴室の屋根および便所の屋根の一部を含む)は水平なコンクリート造りとし、屋上をベランダとして使える様にした。二階北側の部屋はもと四畳半の畳敷で一間半の押入がついていたが、押入を取除き、もとの床板の上にベニヤ板を張りその上にビニールタイルを敷き、土壁にデコラ、天井板には吸着テツクスを張つて洋間風とし、更に東側に幅約二、七尺、長さ約六、三尺(前記の物置の二階にあたる部分)拡張して右の部屋の一部として取り入れた。この部屋より前記のベランダに出入でき、ベランダ(幅約九・四五尺、長さ約一五・七五尺)の三方は鉄柵でかこまれ、物干として使用できる。なお裏庭の面積は僅かで枯れかかつた植木が二本位存在したが、これを取り除き、コンクリート敷とし、上部をビニール波板で覆い、ガレージとして使用できる様にした。以上のような修理、増改築の結果、従前の建物の実測床面積は二六坪五合九勺(九一・九〇平方米)であつたのが、三〇坪五合六勺(一〇一・〇二平方米)に増加し、工事期間として昭和三九年七月初頃より八月始頃まで約一箇月を要し、工事総費用として金九二万円余を支出した。
以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで被告は、家屋の修理、改造については原告は黙示の承諾を与えていた旨主張するので、この点を検討するにを<証拠>綜合すると、被告は本件家屋を昭和一七年九月頃訴外田代モンより賃借したもので、昭和二九年頃には右訴外人の娘婿にあたる原告において賃料値上等の折衝にきていたが、原告が昭和三二年頃本件家屋を右訴外人より譲受け、賃貸人たる地位を承継したこと、本件家屋は昭和一二年頃の建築にかかるが賃貸人において、とりわけて修理を行なつたことはなく、唯ジエーン台風の際賃貸人において大屋根を修理し、その他の破損部分は被告に一応修理させ、のち賃料と差引をしたが、その余の修理はすべて被告が担当し、襖、畳の張替のほか、門、軒まわり、瓦、壁、便所等の自然的破損、朽廃に伴う修理を行なつてきたこと、昭和三六年には台所および玄関を一〇日位かかつて修理し、昭和三七年には建物の東側の塀を修理し、昭和三八年には一階、二階の一部の壁を新建材の板を以て張つたこと、唯内部の修理、改造については被告がとりわけて承諾を求めることをしないため、家主として事情をつまびらかにし得なかつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。そして右程度の事実を以て原告が本件家屋の増改築一般について包括的な黙示の承諾を与えていたとみることは到底困難である。けだし本件家屋は当時地代家賃統制令の適用があり、賃料が低廉で家主としてその負担に耐えず、賃借人においてもこれを諒として進んで必要な修理をなし、その機会に若干の改造を行つていた関係にすぎないと解せられるからである。即ち、原告として居住上当然に必要とする範囲の修理およびこれに附随する程度の若干の改造については格別異議をのべない意思を有していたであろうことは推察するに難くないが、更に進んで本件におけるが如き増改築工事一般について異議をのべない意思を有していたとは認められず、これを黙示に表白していたものとも認め得ないところである。よつてこの点に関する被告の抗弁は失当である。また被告は、仮に黙示の承諾が認められないとしても、本件工事は保存行為、管理行為として当然許容される範囲内である旨主張するが、従前の建物の破損、朽廃の程度は暫く措き、本件工事には、物置および二階洋間部分の建増、廊下の拡張、ベランダの新設、裏庭をコンクリート敷としたこと等従前の建物と関係のない部分が含まれており、これらの部分は従前の建物の維持、保存に資するところがないではないにしても別に必要不可欠のものでないこと一見して明かであり、むしろ右部分はそれぞれ別途の効用を有し、それが建造の本来の目的であつたと解せられる。よつて本件工事が保存行為、管理行為である旨の被告の主張も失当である。
然しながら、<証拠>によると、増改築前の本件建物の関係部分の破損朽廃は相当甚だしいものがあり、廊下の床框は修理不可能な程度に腐敗して廊下板が傾斜し、腐つた框の部分にはセメントを詰めて補修してあつたこと、戸の開閉が自由にならず上部に板片が継ぎ足してあつたこと、柱はいずれも腐蝕し、とくに風呂場の前のそれは地下から約五尺のところまで腐り柱の芯一寸ないし二寸程度を残すのみであつたこと、廊下の庇は瓦がとまらず桁には釘がきかず槌は存在しなかつたこと便所の外側の壁は台風で破損し臨時にベニヤ板が張つてあり丸瓦数枚が欠けていたこと、風呂場は当時釜がなく風呂場として使用されていなかつたが、屋根はトタンや木板を並べたのみの状態であり、道路に面した東側の壁面の破損が甚だしかつたこと、廊下の屋根上附近には以前物干が作られていたが、朽廃し尽して全く使用できないようになつていたこと、をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。そしてまた右各証拠によれば、当初は一階のみを改造する予定であつたが、相当大がかりな工事になるので、どうせ多額の費用を要するのならということで、大工の意見をとり入れ、二階をベランダに、その階下をホール風に増築したものであり、建物の耐久性をも考慮して建物東側の外廊に添い階下階上とも幅約二、七尺長さ約六、三尺の建増をなし(階下は物置、階上は洋間に取り入れた部分)、なお建物東側の外廊は風雨を直接に受ける点に配慮して階下を塀代りのブロツク積、階上をセメント塗としたこと、二階六畳は洋間風にしつらえてはあるが、天井、床板、壁とも、元の板又は土壁の上に新建材の板を張りつけたもので、建物自体を特に損傷していないこと、をそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。
以上のような事情に照すと、従前の廊下、便所、風呂場の修理ないし新設は居住上やむを得ないところであつたと認められ、右部分を超える若しくは右部分に関係のない建増ないし改造も、建物の基本的部分を損傷せず、住宅としての用途に変更を加えず、従前の構造を使用に便宜なように拡張したものであるから、工事の程度はかなり大規模ではあるけれども、賃貸借当事者の信頼関係を破壊する程の重大な背信行為であるとは認め難い。よつて本件の場合は賃貸人に解除権が発生しない場合に該当し、原告のなした契約解除の意思表示はその効力を生じなかつたものと判断する。(今中道信)